最近、14~15歳の子供の事件が増えていますね。「親を困らせてやりたかった」とバスジャックをする14歳少年。父親を刺殺する15歳少女。少し前に起きた秋葉原の事件は25歳になっていましたが、キーワードは「親」でした。親は一番身近な自分以外の人間なので、いろいろな意味で子供に影響を与えるのは事実でしょう。
「自分の人生だから、親のせいにせずに、自分が大事に生きればそれでよいのでは?」いろいろな見識者がいいます。確かにその通りです。けれど、それは子供の頃から、正しく導かれ、良いことや悪いことの区別を正しく知らされた「素直で幸せな人」にこそ言える言葉なのだろうと思います。今の子供が可哀相なことは、当たり前のことを当たり前に知らされる機会が極端に少ないまま、体だけが大きくなり、精神は子供のまま、情報と知恵だけがあることです。「人に迷惑をかけない」「人を傷つけない」「殺さない」「他人を尊重する」を真の意味で教えられていたら、最後の一線である「殺さない」は越えないですむのにと思うのです。
「自分に自信がないので、何を教えたらよいか分からない」と、親はいいます。そして、一番の関心事は成績だけ、将来、「どんな大人になって欲しいか」の指針も見せたことのない子に、「自分の人生を大切に生きる」という高尚なことが教えられるはずがないと思います。初めに、家庭の躾と教育があって、家庭以外の社会に目を向けるようになり、他人との関わりをもち、遠くから自分や親の環境を見つめ、世の中のことが分かるようになって、はじめて、親の苦労を理解し認めら、はじめて精神的な大人になるのだろうと思います。
長年、子供に接して思うことは、「子供をまっすぐに育てることがいかに難しい」ということです。「何でも人のせい」にする両親を見て育ったら、「すべて人のせい」にする子に育つでしょう。「性格の善悪よりいくらお金を儲けたかで人間が決まる」と考える人の子供は、金さえあれば、人間として性格が悪くても良いと思うかもしれません。「身を粉にして働く人」の子は、一生懸命、人に尽くします。困難を乗り越える親の子は、立ち向かうでしょうが、お金で解決する親を見たら、子供も同じことをするでしょう。まれですが、親が真正直に生きていても、悪い道にひきこまれる子もいますが、それでも、やはり、子供の頃に不足していたことがあるのです。過保護だった子は、「放任」が必要だったのでしょうし、放任だった子は、親に構ってほしかったのかもしれません。
どんな風に育てても何が起きるのか分からないのが最近の日本であり、家庭環境が良くても、学校や社会にでて、いじめられたり、不当に扱われたり、差別もあり、100パーセント親だけの責任とは言い切れないかもしれません。それでも、子供をまっすぐに育てる努力をし続けることが子供のそばにいる大人の役目だと思うのです。自信をもって子供に接するためには、大人も努力していなければなりません。子供は「まわりの大人」の影響をたくさん受けているのですから。